「海山町島勝浦」
かつて捕鯨基地として名を馳せたそうで、今も漁業が盛んです。外洋に近いにも拘らず、荒天時の避難港に適した地形から、天然の良港として知られています。
2004.09.09
「尾鷲市須賀利町」
海山町に隣接する須賀利は、尾鷲市の飛び地。今でこそ陸路も通じていますが、かつては海路のみであったという海里へは、今も巡航船が通っています。
2004.09.09
「鳥羽市神島町」
答志島から望む神島の夜明け。早起きして神島を望む突堤に急ぎましたが、あいにくの曇り空で、日の出を諦めかけたその一瞬顔を出したお日様が海面を照らしました。
2004.08.22
「鳥羽市答志町」
鳥羽の街から市営定期船で約25分の離島に降り立ったのは、夏の日の午後。休漁日の答志漁港は人影もまばらで、ゆったりとした時間が流れていました。
2004.08.21
「鵜殿村」
古くから 熊野川流域の木材集積地として栄える村のキャッチフレーズは「港のある日本一小さい村」で、製紙工場の煙突がひときわ目を引きます。
2004.02.10
「紀和町小船」
三重県の西南端に位置し、北山川を境として和歌山県や奈良県と接するところ。北山川が熊野川に合流するこのあたりは、川幅も広く、ゆったりとした流れとなります。
2004.02.06
「熊野市波田須町」
♪天台烏薬の矢賀の里 ここは良いとこ波田須浦♪ と歌われ、徐福伝説を今に伝えます。熊野古道伊勢路を巡る途上で出会った海里は、静かに佇んでいました。
2003.11.22
「紀宝町桐原」
紀宝町の最北部に位置する桐原上の風景。傾きかけた西日に照らされて、見上げるような山々の中腹に民家が点在しています。
2003.02.07
「紀和町長尾」
国道311号から県道長尾板屋線を北上、丸山千枚田を左手に高度を上げてゆくと、長尾地区に到着します。遠くには雪を頂いた山々が望まれました。
2003.02.07
「熊野市育生町」
高さ200m、幅500mにも及ぶ絶壁は“大丹倉”と呼ばれ、昔から修験者たちの修行の場とされてきただけに、目の当たりにすると威厳さえ感じます。
2003.02.07
「熊野市井戸町」
“雑木を切り倒して植林したんで、猿や猪が(作物を)食い荒らしに来るは、水害で家の中まで岩が転げ落ちて来るは・・・”と、溜め息まじりの老人の話が印象的でした。
2003.02.07
「熊野市甫母町」
二木島湾の東北岸の入り江にある甫母漁港。岸壁には網を繕う人々の姿を見かけるだけで、限りなく静かな佇まいに、ゆっくりとした時間が経過していました。
2003.02.07
「熊野市神川町」
熊野市街から県道七色峡線を北上し、七色ダムの手前を東進したところに柳谷という山村があります。中でもこの地区は最深部にあたり、山里の風情が漂います。
2003.02.06
「熊野市磯崎町」
鬼ケ城や七里御浜を望む入り江の対岸にある磯崎漁港。少々レトロな風合いとなった漁協の建物を取り囲むように、背後の斜面には民家が迫ります。
2003.02.06
「熊野市波田須町」
秦の始皇帝の時代、不老不死の仙薬を求めて中国からやってきた徐福が上陸した地という伝説もあり、今も残る墓石と社が歴史ロマンを感じさせてくれます。
2003.02.06
「上野市長田」
地区の入口に注連縄を張り渡すことによって災難の侵入を防ぎ、福が逃げないように祈る“道切り”という風習があり、勧請縄といいます。
2003.01.22
「鳥羽市国崎町」
志摩半島の最東端にあたる鎧崎のある所。岩礁に住む鮑や伊勢海老など、海産物が豊富で、伊勢神宮の御料として今も神宮へ“ノシアワビ”を調進しているそうです。
2003.01.15
「磯部町五知」
かつては、朝熊山金剛証寺への参詣ルートである五知岳道であった所で、今も道標や延命地蔵、円空仏のある薬師堂などが残っており、往時を偲ぶことができます。
2003.01.15
「紀勢町錦」
熊野灘に臨むリアス式の海岸線が美しい錦は、天然の良港として栄えてきました。青く透き通った海面には、いろいろな形の筏が浮かび、アクセントとなります。
2003.01.12
「南島町古和浦」
かつては陸の孤島であった古和浦も、国道260号の整備が進み、交通の便が良くなりました。旧道から見た入り江の風景は、以前と変わらず雄大でした。
2003.01.12
「三雲町五主」
夏場は、潮干狩りやたて干し網などで賑わう五主海岸ですが、冬場は様子が一転して、海苔そだが林立する海苔養殖場となります。夜明け前のひと時です。
2002.12.23
「美里村桂畑」
小春日和の山里では、採り入れの終わった田を耕して、次の春を迎える準備が着々と進められていました。土壌を活性化する作業で、“鋤き干し”と呼ばれます。
2002.11.17
「員弁町下笠田」
線路の軌間が762oという軽便鉄道規格の近鉄北勢線は長らく廃止問題が取り沙汰されてきましたが、地元の三岐鉄道が引き継ぐことで落着しました。
2002.11.04
「鳥羽市河内町」
眼前の山腹に城壁のような石積みの棚田が現れました。持ち主のおじさんによると「猿や猪に荒されるんで去年から作ってえへん」そうで、一抹の寂しさを感じました。
2002.10.29
「嬉野町矢下」
なめり湖から更に山道を分け入ると、昔、平家の落人が隠れ住んだといわれる日川という集落に辿り着きます。静かな山里で、シャッター音が大きく感じられました。
2002.10.27
「芸濃町河内」
錫杖湖から長野峠付近に至る道筋の最深部に、数軒が残る山里があります。写真の眼前には谷川が流れ、静かな山里にせせらぎの音が心地よいひと時でした。
2002.09.23
「美里村家所」
この辺りは、土蔵のある民家が多いところです。今では珍しくなってしまった稲のハサ架けと彼岸花、白壁の土蔵が郷愁を誘います。
2002.09.23
「二見町今一色」
宮川河口にある今一色漁港。カメラをセットする傍らでは、漁師さんが竹筒の節を貫く作業をしていました。「何に使うの?」「鰻の寝床さ。」鰻を獲る仕掛けだそうです。
2002.09.22
「阿山町槙山」
伊賀盆地の北端、滋賀県に隣接する山里には、藁葺き屋根やそれをトタンで囲った屋根の民家が今も点在します。老夫婦も秋の採り入れに余念の無い様子でした。
2002.09.08
「四日市市追分」
東海道と参宮街道の分岐点で日永の追分と呼ばれ、伊勢神宮二ノ鳥居・寛永2年と刻まれた道標・常夜燈などが残されています。
2002.08.25

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